芥川賞『春の庭』
曲がりくねった世田谷の道も、悪くない

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ピース又吉の『火花』フィーバーがまだまだ続いていますね。ところで、2014年の芥川賞受賞作品って覚えていますか?
柴崎友香の『春の庭』です。

春の庭
春の庭
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柴崎 友香
文藝春秋
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実はこの作品、新代田のある世田谷を舞台にした物語なんです。
今回は、この『春の庭』に登場する「道」にスポットを当て、実際の街に重ねて見てみましょう!


■あらすじ

取り壊し寸前のアパート「ビューパレス サエキⅢ」に住む、元美容師でバツイチの太郎。
ある日、太郎は同じアパートの二階に越してきた西という不審な女と知り合います。
彼女は、アパートの裏にある水色の家に近づきたい一心でここに越してきたのだと言うのです。

※イメージ画像
彼女が語る水色の家への奇妙な情熱に、太郎は次第に巻き込まれていきます。

 

■まっすぐ進めない

太郎は世田谷に住み始めて3年あまり。このあたりの地形については、苦労もあるようです。

「カーナビは世田谷区で迷わないために開発されたという豆知識については半信半疑だったが、太郎が23歳まで暮らした街のように碁盤の目になっているところはほとんどなく、一方通行や行き止まりが多いのは事実だった。アパートから駅までもまっすぐ行けない。どの道を選んでもどこかで迂回することになる。」(『春の庭』p.21)

(カーナビって世田谷区で迷わないために開発されたんだ……!)
台詞のように、世田谷はとにかく道がややこしいことになっているのです。

これは世田谷の一部ですが、道が複雑に入り組んでいることがよくわかります。 ○印を付けたのは行き止まりの箇所。先に進めそうだと思っても行き止まりになってしまうのはよくあること。目的地までの最短ルートを探すのも一苦労です。

 

■くねくねに隠された秘密

世田谷の道がこれほどまでに複雑なのには、理由があります。しかも、その理由は作品中に登場しています。

「第三ルートの途中に、狭い路地がある。両手を広げたら届くほどの幅しかない家と家の隙間を柴犬を連れて歩いて行く人を見かけて、自分も入ってみた。路地は中心に向かってV字にへこみ、コンクリートの板が並べられていた。暗渠の蓋だ。」(『春の庭』p.21)

そう、世田谷は暗渠だらけだからです。
暗渠(あんきょ)」とは、地下に埋没したり、蓋をかけたりした川や水路のこと。
例えば、太郎の見つけた、コンクリートの板を並べた暗渠とはこんな感じでしょうか(V字にへこんではいませんが)。

川や水路に蓋をしただけだから、当然重さには強くありません。したがって、暗渠は歩行者専用の道になっていることが多いのです。
よく見れば、上の写真の奥にも白い車止めが見えますね(そもそもここは狭すぎて車は通れませんが)。

また、川や水路って、くねくねしていることが多いですよね。そのくねくねに蓋をすれば、当然くねくねの道が出来上がります。
例えばこの車止めのある道。

パッと見まっすぐの、平凡な歩道ですが……


奥のほうで右へ急カーブしています。このカーブを進むと……


このくねくね具合。もう川にしか見えません。


ひとつ道を挟んで、さらに進むとこんな景色が。左側にあるのは、川まで降りるための階段だったのでしょうか……?


ところ変わってこちらは「北沢緑道」。小田急小田原線梅ヶ丘駅近くから続くこの道には、暗渠化された北沢川の上に、かつてのせせらぎが再現されています。
要するに、川に蓋をして、その上に人工の川が流れているのです!

「この百日紅は紫色、中くらいの木は白い梅、小さいのは山桜みたいな花……」(『春の庭』p.16)
「太郎には名前はわからないが、細い枝に明るい緑の葉がついている。一昨年の初夏、この木に白い小さな花がたくさんぶらさがっているのを初めて見たときは、木にもこんなにかわいい花がつくのがあるのかと感心した。」(『春の庭』p.65)

といったように、作中には季節を感じさせる表現が多く登場しますが、この北沢緑道ではまさに四季の移ろいを感じることができます。春には桜が見られますよ!
また、足もとに目をやると……


蛍やメダカの描かれたマンホールが。昔ここに川のあったことが改めて伝わってきますね。


おや。
車通りのない静かな暗渠沿いでは、猫が昼寝していることもしばしば。

 

■余計なことを考えたくなる道

とにかく太郎はよく歩きます。歩きながら、妄想を膨らませることも。

どこかの家に、こっそり入り込んで生活していても気づかれないのではないか。インフラが停まっているだろうが、「震災時井戸水提供の家」という表示板がついている家もある。水さえあればなんとか生きていける。(『春の庭』p.59)

震災時井戸水提供の家」は実際に見つけることができます。

例えばこちら。
以前、『だいたい新代田』ツイッターアカウント(@Daitaishindaita)でも紹介した井戸です。
世田谷区では、災害により水道が使用できなくなったとき、生活用水は学校のプールの水やこの「震災時井戸水提供の家」の看板のあるお宅の井戸水を活用することになっているんです。
もちろん勝手に使ってはいけないけれど、この井戸さえあれば生きていけそうな気はするかも。
それにしても井戸って、独特の味わいがありますね。この周りだけ、うんと昔から時が止まったままのような……。

 

■『春の庭』が教えてくれること

『春の庭』のなかでは、恋愛模様が描かれるわけでも、大きな犯罪が起こるわけでもありません。
そこにあるのは、何でもない静かな日常と、移ろいゆく季節だけ。

「ベランダと窓が、整然と並んでいた。同じ形の窓の中には日が差し込んでいた。二階の部屋は壁に、一階の部屋は畳にも、日の当たっているところと影の境目が見えた。なにも変化するものはなかった。音をたてるものもなかった。日時計のように、日向と日陰の境界が動いていくだけだった。」(『春の庭』p.140)

現実の世界は、映画のように毎日がドラマチックなわけではなく、むしろ、自分にとって何も起こらない日の方が多いかもしれません。
しかし、その「当たり前」に改めて気付き、考え直すきっかけを与えてくれるのが『春の庭』なのではないでしょうか。

 


今回はストーリーの中心からは少し外れて、太郎の歩いた道を想像しながら実際の街に重ねて見てみました。作品中の表現や、今はもう見ることのできない川に思いを馳せながら通る道は、普段とは全く違ったものに感じられ、「複雑で不便な道ばかりだけど、それってべつに悪いことじゃないんじゃない……?」とも思えてきました。

『春の庭』だけでなく、世田谷を舞台にした小説は他にもたくさんあるようです。みなさんも小説の世界を思い浮かべながら街歩きをしてみませんか?
もしかしたらいつもの道、いつもの場所が、違ったものに見えてくるかもしれません。